久しぶりの更新。夏が駆け抜けている。
少し涼しくなった夜、清里で夏の宴。18℃、夜の森は少し肌寒かった。鎌倉の文化人SA氏と、猛禽類など野生生物の研究をしている自然専門家のSU氏との再会。美味しいお酒とAさんの絶品手料理で、晩夏の夜を過ごした。
SU氏の話で印象に残ったことがあった。
発眼卵放流のこと。渓流釣りをはじめた心にずしんときた。
岩魚など魚の数を減らさないようにと、稚魚放流よりもっと効率的に魚が増えるよう培養した卵を上流で放している。
尾びれなどの形のいい岩魚を釣りたい渓流釣りマニア達がここ何年か全国各地の川で行なっていること。
発眼卵放流を行なうと、岩魚の個体数は一時的に増えるが、それは同じ時に生まれた同じサイズの岩魚だけが異常に増えているということで、もともと生息していた30センチを越す生殖能力の高い遺伝子をもつ岩魚などを、同期の岩魚達が量の勢いで駆逐してしまい、結局は絶滅しやすい環境にしてしまうのだという。自然の営みは一年でできあがるのでなく、長生きしている魚も生まれたばかりの魚もいて、それらのエサがあって絶妙に保たれている。
釣った魚のサイズでリリースする約束事も今の日本では「小さいもの」と決めているが、本来は30センチを越すメスの岩魚など「大きいもの」こそリリースすべきだ、など…。
生態系のピラミッドはガラス細工のように繊細で人間の思考回路ほど単純なものではない。人間が手を加えてバランスを操ることなど不可能に近い。
そういった自然との調和を欠いた遊び方をしないよう、手を合わせて川にはいろうと、つくづく思った。
なにごとも過度はよくない。自然の一部の人間の私として、数匹を恵んでもらおう、だから釣りの腕はあげずに?…これからもぼちぼちと美しい渓谷へ釣りに行こう、となどと思った。
自然との付き合い方は奥が深い。農業も同じ。人間との付き合いと同じ。どれもこれもいのちとのつきあいなんだ、ゆるゆると思いながら嬬恋の地ビールを飲んでいた。
アライグマラスカルの話から、農業の話まで、夜な夜ないろんなことを話しているうちにあっというまに午前0時。
SA氏もSU氏も、あいかわらずかっこいい。静かで無邪気な雰囲気と心からの笑顔が素敵だ。鎌倉の文化人SA氏、夏の終わり海の家でジャズライブをするとのこと。聴きに行きたいけどなあ。
お盆過ぎて急に涼しくなった。夏を浴びた草や木も虫や動物も、静かに動き始める。実りの秋に向けて。晩夏。いい季節です。