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簡単手製切り干し大根 

晴れた日には大根を薄く切って、ベランダで干すと、いつもの大根よりもぐっと味わい深く大根を食べることができる。手製の切り干し大根です。いちょう型に薄く切った大根を干す。これは二日くらい干しっぱなしの状態。晴れた日なら一日で十分。こうやって軽く干してできあがった切り干し大根を、豚肉と炒めてだしで炒め煮る。(かつおとネギのだしに砂糖、お酒、醤油を溶かして混ぜたものをじゃっとかけてじゅっと煮るんです)いいにおいがしてきたら出来上がりです。あっというまに絶品の優しいお味の切り干し大根の出来上がりです。
炊きたてのご飯と一緒に食べると、すこぶる美味しい。自画自賛のお惣菜。簡単な夕食の追加の一品の完成です。是非、お試しください。

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今更ながら私の暮らしのこと

私はT君という配偶者と一緒に暮らしている。だから肩書きは妻。主婦?か。彼は日々農業をして、そして絵画を描いて生活をしている。朝からちょこっと絵を描いて、畑に行って、昼に帰ってきてちょこっと絵を描いて、畑に行って、夜に絵をかく生活を毎日変わらず続けている。小刻みに時間の切れ間切れ間に絵を書いてよく集中力や想像力が続くものだと思うが、それは書き続けたいという彼の執念みたいなものから生まれたやりかたなのかと思う。
そうやって何ヶ月もかけて書いて大きな絵を完成させる。
毎日すこしづつという重みはすごいと彼をみていると実感する。
ここ数年彼はとても大きなきれいな絵を描いている。
あまり苦悩や迷いが無いように思われるのは妻の目の節穴か。
きれいな絵がたまったら、そのうち皆に見せられるといいなあと思っている。

私はというと、青山のシナリオセンターというところに通い、脚本の勉強をしている。今はとにかく手応えもなにもわからぬままに通い続け、作品をつくることをしている。迷うこともあるが、いやほとんどつ迷うことばかりだが、好きなことだからとにかく楽しくおだやかに続けようと思っている。弥生は迷いがいろいろあったけれど、大切なものだけをとにかく取捨選択したような一ヶ月だった。自分で選んで自分で捨てるということが、とても大切だと改めて思っている。
いままでは運命というものにどこか委ねて、流れ着いて今があるといった感じだったから、余計に今、主体性という言葉の意味を大切に感じる。

大学の頃、鎧淳先生が言っていた。私は鎧先生がなんだかとても好きだった。
ー「自由」ってどういうことかわかりますか?
ー自由?
ー「自ら由に」ってことです。
と先生はそう言った。その一言はとても脳に残っている。
「自ら」「ゆえ」に生きる。「自ら」「ゆえ」に決める。「自ら」「ゆえ」に愛する。
「自ら」がないのに自由にどうぞと言われたら、ぞっとするだけ。
その「自ら」が「主体性」という言葉ととても深く関わっているのだと思う。

このとんでもなく性能の悪い私の主体性と一生つきあっていく、
その主体性で食べていこうとする私の無謀な人生プラン。どんだけ!
ものを書いて生きる、作って生きるということは無謀だ。
でもただただそうしたいと思うのは傲慢な心なのかといつもそう思う。
しかたがない、馬鹿だから。そう思ってとにかく食料だけは確保しよう。生き延びていけるように。できるだけ美味しくてお洒落な食料を。としっかり欲深い。
これが、今更ながら私の暮らしのこと。


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道ばたのもの

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旅をすると春も動く

白州をすこし離れ、鎌倉扇ヶ谷に滞在していた。久々にみた鎌倉の海がとても新鮮だった。春の海だった。櫻は既に満開でぽろんぽろんと風に揺れていた。朝、窓の外から鶯のこえが聞こえるのにはとても驚いた。テレビでは各地で満開の櫻の花のニュース。あっというまに春がきていると思う。そして、この霞んだ色合いの春が去っていくのは惜しいと心から思う。

春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふとみむ 
藤原良風

白州に戻ればまた春をリプレイできるけど。
新宿から白州への道。車窓の桃畑や山の梅が鮮やか。芽吹こうとする山の枝の葉が重なって春霞にぼんやりと浮かぶ。ゲルハルトリヒターの絵のようにぼんやりと見えてしっかりと生きている。
白州に戻ると、まだ櫻の莟も堅く、ようやく梅が満開の頃であった。


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海と山を行き来する。
鎌倉の海と白州の山

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お彼岸が去りぼた餅

白州道の駅にて。車の中でぼーっとしていた私に窓越しに声をかけてくれたUさん。おひさしぶり。こんにちは。元気にやってる?とあたたかい言葉と、そしてぼた餅をくれた。
小豆、きなこ、ごま。お彼岸があけても幸せなぼた餅。ごちそうさまでした。
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お彼岸にぼた餅。

今日は晴れ。晴れた空の下の山には雪がつもっていた。K子さんがぼた餅をつくってくださった。つぶあん。きなこ。ごま。の三種類。美味しかった。またもや心があたたかくなった。春は甘くて美味しい。
ごまのおはぎを食べたら、中につぶあんが入っていた。さらに心が春になった。もう私は体中が春。私の体はひな祭りのちらし寿司ふきのとうお赤飯ぼた餅を吸い込んで春になった。日々食す野菜もどんどん春になる。菜の花ブロッコリーせり…、露地野菜が増えてくる。これからどんどん春の味わいが続く、と思うと興奮する。春。
とにかく、この三種ぼた餅。美味しい美味しい美味しい。あっというまにみっつのおはぎを食べた。付け合わせの梅干しと野沢菜とたくわんが愛しかった。梅干しは、あれ?これ梅酒漬けかな。驚きの美味しさだ。たくわんはちょっとカツオ節の風味。それぞれだいぶん手が込んでいる。麗しい。お茶をのんで、一息ついた。幸せだあ。今夜は夕食いらないなあ。

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今日も雨。山の上は雪。

雨が降って寒いなあと思うけれど、心が春だと確信しているから荒れない心。でも天気はどんどん崩れて大雨春の嵐。

Dsc00422今日は一日畑仕事。といっても屋内での椎茸の仕込み。雨の音がぼつぼつと屋根に響く。今日で椎茸の菌床づくり16275個が終了。明日からはひらたけの菌床づくり。4月まで続くえっちらおっちら地道な作業。

雨のあぜ道を歩いてみたら、田んぼがしっとりと濡れて泥がゆるゆるしていた。とてもきれいだった。雨にぬれて歩いても寒くなかった。
しばらくビニールハウスの中で仕事をする。夕方、外にでると雨は上がっていた。空はまだ白く曇っていた。畑から見える甲斐駒ケ岳や鳳凰三山、茅が岳は真っ白には雪がつもっていた。明日は晴れるといいな。

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今日は雨。

天気の日が続いてどことなく乾いた土も草も雨を欲していた時に、ちょうどいい雨。少し肌寒くストーブをつけたけれど、寒くてもいいかなあと思う。今日は畑には行かずに、清春白樺美術館にゲイリーコマリン展を観に行った。ゲイリーコマリンはアメリカの現代アート作家。赤やオレンジ、青、ピンクや黄色の中に黒い線や色の塊がおだやかに佇むプリティープリティーな大きな絵。明るくて優しい表情の絵に楽しいゆるやかな気分になった。
しっとりとした春の雨の日もいいと思う。

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お彼岸入りにお赤飯。暑さ寒さも彼岸まで。

春のお彼岸入り。近くに住むS子おばあちゃんがお赤飯を炊いてもってきてくれた。お彼岸入りだからということで。この地域のお赤飯は甘い。その甘いお赤飯にも慣れてもらったお赤飯をみた瞬間に味の想像が一瞬で脳に浮かぶようになっている。一体何升炊いたのだろう。きっと大きなせいろで炊き上げたんだろう。私にまで。有り難く頂いて帰った。
お彼岸には「ぼた餅」を食べる習わしがある。このあたりはお赤飯。餅米を炊いておにぎりのように丸めてきな粉をつけたものも多いらしい。K子さんがお彼岸のぼた餅のことを教えてくれた。本来は春のお彼岸のおはぎは「こしあん」で秋のお彼岸はおはぎは「つぶあん」を食べるのだと。それはどうしてか…、小豆は秋にできるから、秋は収穫したての新小豆でその風味を美味しく味わえる「つぶあん」にする。冬を越した小豆は皮が少し固くなるから「こしあん」にするのだと。そうか。すごいな。昔の人の食への繊細な心遣いに驚いた。
でもこの心遣いは昔のことだけじゃない、ここで出会うおばあちゃん達の生活にはしっかり刻まれている。とても細やかな食への心遣い、工夫、知恵。それはしっかり生活をしていることの証拠。
夕飯に甘いお赤飯を美味しく食べた。暑さ寒さも彼岸まで。「彼岸太郎、八専二郎、土用三郎、寒四郎」彼岸の1日目に晴れるとその年は豊年であるという。今日は晴天。甘いお彼岸のお赤飯に心があたたかくなった。春がどんどん確実になる。

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にんにくも日に日に伸びる。

あたたかい春の日が続く、太陽の力はすごい。雪のなかで冬を越したにんにくの芽もすっかり伸びて、春の風にふかれている。そろそろ雨がふるといいなあ、なんて夕方の畑でにんにく達が言っているような気がした。土も葉もそろそろ雨を欲している。

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ふきのとうを食べる、春の始まり。

毎日が勢いよく春になっている。温度は昼になると16℃。つい一ヶ月前は−8℃だなどと騒いでいたその寒さなどもう忘れてしまい、薄着になっている。目をつぶって歩くと春の匂いや温度を強く感じる。特に部屋から屋外に出た瞬間には、草木の生々しい匂いを強く感じて嬉しくなる。
午後にはふきのとうを採る。ふきのとうを食べる時期は春のはじまりの時期。今は小さなよもぎがぽつぽつと葉を出している。これからしばらく経って、つくし、たらの芽、おおばら、蕨…。麓から山の奥まで春が伝わるのには少し時差がある。ふきのとうは春の始まりの味。冬の終わりの味かな。
蕗味噌のつくりかた。丸ごとさっと茹でて、水気を絞って、適当に切る。とうがらしとふきのとうを油で炒める。砂糖を適量、みりんで溶いた味噌をじゃっと入れて、炒め和える…と出来上がり。夕食の一品に。蕗味噌はたくさんつくって冷凍しておく。そして、ふきのとうの天ぷら。私は春らしく薄い薄い衣で揚げる。薄い衣から透けて見える鮮やかな黄緑色がとても好きだから。サクッとした衣とクリーミーな甘さ、そして苦みがもう春ですよと体に囁く。少し眠っていた体が活動的になった。
 梅の花も咲いている。固まっていたあちこちの畑では土作りがはじまった。ぽつりと芽が出たと思った雑草はどんどん伸びて風に吹かれている。勢いよくどんどん春がくる。なぜか少し焦ってしまう。こんなに待ちわびた春がどんどんどこかに行ってしまうようで、まだ冬が残っている私の脳はその春の勢いに呆然としている。

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P1000308今日は玄米のご飯を炊き、蕗味噌をのせて食べる。


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あっというまに伸びた。春の勢い。

冬を越え、乾いた土から生々しく芽を出したルバーブをみつけてからまだ数日。今日畑をうろうろしていたら、芽はぐんぐん伸びてすっかり葉が開きそうなルバーブを見つけて驚いた。生き物の速度は結構着々としている。自然はゆったりしているようだけど、実は個々の自然物は日々どんどん変化している。私は忙しそうな気持ちでいるけれど、実は変化や成長は極めてのろい。この春のパワーに圧倒されている。太陽はエラい。
昨日からなんとなく目が痒い。花粉症の初期症状かな。マスクをしているとあまり春の匂いを感じれないので嫌だなと思う、がマスクをしないと目が痒い。やはり花粉症デビューかもしれない。うろうろと畑を歩いているといつのまにか小さな花が咲いている。そのうちこんちきしょう!雑草…ということで、汗だくになって何度も何度も草刈りをするのだけど、今は久しぶりの緑の草と紫や青の小さな花がとても嬉しいので写真に撮ってみた。

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泥棒まるちゃん。

畑にある休憩室のお菓子やパンが最近連日盗まれている。少しづつ無くなっている。誰が食べちゃったのかとK子さんはまずご主人を疑う。食べるはずないよね、甘いパンを二つ三つも。クッキーも味噌せんべいも、ペットボトルのお茶も。気味が悪いので、保冷庫のドアに鍵をかけて帰ることにする。去年もちょうど今頃にお茶菓子がごっそりと連日なくなった。栗羊羹が無いとK子さんが騒いでいたのを覚えている。こんな農村で物騒だ。気味が悪い。
そのお菓子泥棒、たまたま畑に来たSおばあちゃんがそれはまるちゃんの仕業じゃないかと言う。「まるちゃん?」「そう、まるちゃんだよ」生い立ちや家庭環境まで「まるちゃん」のことを事細かに話しだす。「前に一回捕まっちゃったなあ。夏はトマトとか茄子とか畑から持ってくけど冬は食べるものないもの美味しいお菓子があればしかたねーなあ(笑う)」「でも調子にのってエスカレートしちゃあ困るから交番に届けとけえ」「いつもその辺を散歩してるでしょ、まるちゃんは脚は丈夫だ、」Sおばあちゃんは軽蔑するでも無くかばうでも無く、でもどこか一緒に生きる人としての憐憫のような複雑な感情を持ち合わせながら、まるちゃんのことを話す。ちょうどその時、隣の畑の奥さんが来た。「ねえ、何かとられたりしてる?東次郎のロールケーキ、箱だけ残して中身無くなってるの。おもわず旦那に食べたでしょって言ったけど、丸ごと一本も食べるわけがないだろって言われて…。法事で貰った砂糖とコーヒーも盗られてるの…。」などとと言う。それからしばらく、K子さんとSおばあちゃんと隣の奥さんと私で何を盗られたかの話で盛り上がる。美味しいお菓子の名前がいろいろ挙る。なにしろK子さんは日本中の銘菓を買い置いて取り寄せて…毎度毎度のお茶の時間に出してくれる。葦のチーズクッキーは口惜しい。とか話は尽きない。そして「まるちゃんかなあ…」と隣の奥さんが言う。まるちゃんは有名なのか!と私は驚いた。
まるちゃんの家も皆知っているし、その生活も皆よく知っている。散歩して近頃はどのあたりをよく歩いているとか、うちの畑をよく横切るとか。あの場所でたばこを吸っているとか。行き過ぎがあれば警官が注意しながら、あとは案配を周囲が見守りながら。この小さな町では、泥棒まるちゃんも一緒に生きている。周りの人たちが微妙な距離をとりながら。罪を憎んで人を憎まずとはこういうことか。ゆるやかに罪と罰。皆が生き延びることに必死だった頃の他人へのおおらかさの名残がこの町にはあるのだと感じた。
★まるちゃん…はK子さんが呼び間違えていたことから名付けた彼の仮称です。あしからず。

K子さんが用意してくれるお茶菓子たち。(もちろんこれは盗られたものじゃなく)
私は京都六角の蕪村庵のせんべいがとても好き。(K子さんいつも御馳走さまです)
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今日は、いちごジャムをつくる。

美味しい!ちょっと味見して思わず独りごとを言う。我ながら今年初のいちごのジャムはとても美味しい。久しぶりのいちごジャムに、ジャムっていちごの為にあったのではないかなんて思ってしまう。ジャムを舐めたら美味しいパンを買いたくなった。今日の午後は「いちごと赤ワインのジャム」。2年ほど前から、ワインやウイスキーやラム、リキュールいろいろ…お酒と果物の組み合わせを楽しみながらジャムをつくっている。香りやコクがジャムに深みをくれる。最近よく使うのが山梨産ワイン。近所のワイナリーのワインなどを使っている。今回はいちごと赤ワインのジャム。甘酸っぱさに加えてコクがあって…ああ、美味しいパンを買いたくなる。
いちごとグラニュー糖とレモンと赤ワインだけの美味のジャム。空の瓶は殺菌のために蒸し器で蒸す。できたての熱々ジャムを詰めたら蓋をして、また蒸すこと40分。添加物はいれずに安心して保存できるいちごジャムの出来上がりです。


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ケータイで撮る道とか鶏とか。

ちょっと歩いているときには、大袈裟なカメラが手元にないのでいつもケータイのカメラで撮る。

鶏に餌をあげているときも、近くに来る可愛い鶏たちの姿をじっと撮る。私は鳥小屋に入るとなかなかでてこない。鶏は猫とおなじくらいの知能があるそうだ。確かに人の顔をじっとよくみて、人懐っこい鶏はいつも近寄ってくる。性格は鶏それぞれ違うからとても面白い。

もちろん鶏は食べるものということを忘れはしない、私はベジタリアンではないから。ハーブチキンも焼き鳥も大好物なのだけど。きっと私のなかの残酷な気持ちが鶏と仲良くなりたいと思うのだと思う。エゴだ。ええ、人である優越感とエゴがそうやって写真をとったりするのだと思う。「じゃあ鶏肉を食べない」とも言えないし、「じゃあ鶏に関心や愛情を持ちたくない」とも思えない。でもこの鶏たちを食べることはできない。卵を産まなくなっても餌をあげ続ける。今までもずっとそうしている。本当は違うのだろう。なにか特別な立派な考えがあるわけじゃなく、なんとなくそうしてきている。何年もずっと。それは食べ物が豊かにあるからだと思う。その豊かさの中では食べる命と食べない命を選ぶ余裕があるってこと、なのだと思う。

餌を食べているアローカナの雌鳥。いつも三匹一緒にかたまっている烏骨鶏の雌鳥。とても人懐っこいチビの烏骨鶏の雌鳥。をおもわず撮ってしまった。
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夕方に畑を歩く。春を信じるか。

夕方になっても、寒くない。夜がくる独特の恐怖が薄まってきたような気がする。やっぱり春がきたのかもしれない。春が来たと信じて風に身を委ねればやっぱり寒さがやってきて、また気を引き締めて体を縮める。この繰り返しで毎年この季節には風邪をひいてしまうから、今年こそは、春のきざしを簡単に信用しないようにしようと、太陽も空も土も風もなにもかも疑っている。経験からの記憶と自分の身を守る為に、こんなに美しい季節を疑いながら過ごしている。でも、冬を越したルバーブが乾いた土から生々しい芽を出し、にんにくの芽もしっかり太く伸びている。にんにく畑で芽をみていたら、にんにくの匂いがぷんとした。そろそろ信じてもいいのかな、春。そんなことを思いながら夕方に畑を歩いていた。

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春のにおいがした、ほんとうに。

いつものように椎茸を摘む、歌を歌いながら。急に寒さがゆるみ目に見えるもの全てがどんどん伸びていくような気がする。椎茸もほわんほわんとどんどん大きくなっていく。今日は大収穫だった。
椎茸を採っていたらなんだか懐かしいようなにおいがする。虫がいっぱい生まれてくるような、有機物がいっぱい分裂して増えていくようなそんなにおい。春のにおいだと気がついた。目に見えない生命が急激に動き出すような、苔と水と石と椎茸菌と木が融合したような、少しぬるい風のような、そんなにおいに胸がざわついた。もう春だとを信じていいのかなと、少しだけ心と体がゆるむ。

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ひな祭りにちらし寿司を。

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K子さんに花畑のようなちらし寿司を頂いた。「おひなまつりだから。」とわざわざつくってくれるK子さんの顔はいつも愛情深くきれいだと思う。煮付けた椎茸、茹でた海老、錦糸卵、とても美味しかった。いつもいつもこうやって、季節の行事や出来事に花畑のようなあたたかい気持ちになるのはK子さんの心配りと愛情のおかげである。できるようでできない心配りに見習わなくてはという想いをもつ、本当に嬉しかったから。春がきたようであたたかくなった。

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なんだか鶏のことばかり書いているのだけど。

以前の日記に書いてあるように、二年前から私には優しかったアローカナの雄鶏。しかし、今でも彼の評判はやっぱり芳しくなく、つい二ヶ月前は餌をあげにいったKさんの足に飛び蹴りをしたという。Kさんの足には痣ができ、ますます彼の評判は悪くなっていった。私はささやかな自慢として、あのアローカナの雄鶏は私にだけは優しい、直接餌をスコップから食べてくれる等のことをN夫妻に伝えたりもした。和やかに笑われながら話をした。
 今日畑に行くと、その雄鶏がいない。そのアローカナの雄鶏は貰われていってしまったという。もちろん貰っていったその人がひねって食べてしまうこともないだろう…。貰ってくれたTさんは知り合いである、鹿と格闘して鹿を食べる強い女性だが、勿論ひどい人ではない。だが、どうしてもさみしくてつい泣いてしまった。ひねって食べられてしまうワケでもないけれど。
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雌鳥のプライドを折った。何事もなかったようにして。

彼はいつからか、なま卵をたべない。目玉焼きかゆで卵がいいと言う。
なんとなくなま卵をあまりたべない。ものすごく美味しいのに。
アローカナの雌鳥が朝か昼かに産み落とす卵、青白くて新鮮な卵。餌は米糠と古米や屑米、コーンと牡蠣殻を砕いたもの、ビフィズス菌とか体にいい菌ばかりを培養したものを発酵させて籾殻に住まわせたちょっと甘酸っぱい匂いのするもの、そんなものを混ぜたものを朝と夕にあげる。時々は無農薬で育てた菜っ葉をあげる。水だって裏山の南アルプスのきれいで甘い水。こんなに贅沢に育った12匹の雌鳥たち。雄鶏は2匹の烏骨鶏。

 1月のこと。雄鶏は突然仲がわるくなったから、一方を小屋のはじに金網でしきりをした別室にいれた。毎日顔をあわしてはいるけれど、しきりがあるから喧嘩をすることはない。安心していたら、昨日、しきりの金網を破って、一方の雄鶏はでてきた。また喧嘩した。しきりの金網を突き破って出てきた一方が一方の上に乗り、嘴で相手の目玉をずっと突き続けていた。下側の雄鶏の目からは血がどんどん溢れて流れていて、顔や首のまわりの白い毛は真っ赤になって、とさかは紫にみえるくらいに腫れ上がっていたから、私は怖くなって、叫びながら小屋にはいって、二匹を離した。突いていたほうの雄鶏の怒りというか不満というかなにかわからなけれど煮えたぎった情はおさまらず、私が無理矢理離した時、私も殺されるかもしれないと思った。別室にいれた。金網を直した。顔を中心に突かれて、血まみれになった雄鶏はひっくりかえったまま、小刻みに震えていた。私はそれを抱いて、立たせようとした。地面に立たせると、一人で立ちすぐに歩いた。そして何事もなかったように餌を突いて食べていた。顔も体も血のしぶきがいっぱいなのに、乾いた米ぬかや牡蠣殻などを水も飲まずに食べていた。周りの雌鳥たちも何事もなかったようにひっきりなしに餌を突いている。別室の雄鶏はまだ怒っているのか、こちらをずっと見ている。
怒った雄鶏は一人暮らし。弱い雄鶏は12匹のメスと暮らしている。怒りがみなぎる彼の情はよくわかる。でも目を突くのは反則だろうと、人間流の考え方で勝手に事件を収束させた。
そうやって、また次の戦いの種を取らぬまま、怒った雌鳥の気持ちをなんとなく無視したまま、生き延びた弱い雄をなんとなく気にしながら、その弱い雄の絡んだ有精卵であろう卵を今日も採る。
 彼はなま卵を積極的に食べないけれど、食べたくないとはいわない。むしろ食べたいというが、ただあまり食べているのをみたことがない。

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今は椎茸菌の仕込みです。

今年の夏から来年の春にでてくる椎茸やなめこの仕込みが1月からずっと続いています。
椎茸の菌にもいろいろ品種があります。


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農業日記もはじめる。

農業をはじめてもう5年がたつ。あっという間に思えるのは、お米も大蒜もトマトも茄子も胡瓜も南瓜もなにもかもまだ5回しかつくっていないからである。経験がないようでありあるようでない。農業っていうのは、スキルとかではなく、畑で野菜などをつくりどうにか生きることというようなニュアンスだと思う。

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野鳥観察 日記抜粋

11月某日。
今日は紅葉狩り日和の暖かな休日。一昨日の寒さは緩み、日差しが心地よい。
今朝はバードウォッチングに参加する(仕事であるが…)。朝の空気も秋らしい。太陽の光る空の下はそんなに寒くないので安心して、森の小路に入っていった。
参加者は総勢20名ほど。望遠鏡を手に小さな小鳥の姿をとらえようと、森の響きに敏感に進む。風の音、鳥のさえずり、小さな木の芽、団栗、落ち葉、すべてに集中して歩くと、いろんなものが宝物に思えてくる。
バードウォッチングの時は、いつも野鳥の動きだけでなく森の生き物の動きに敏感になり、小さな感動がじわじわと重なって、とても楽しい。森の中、日陰はやはり寒い。まだ夜の空気が残っているような土から来る寒さがある。
まだ、冬鳥は来ていない様だった。今日確認できたのはコゲラ(とその巣)など16種類。これから落ち葉の季節。紅葉が終わり、木に葉がなくなると、鳥の姿がよくみえるようになる。
冬も森は楽しめる。また野鳥観察にいこうと思う。
…今日の夕飯にはトリ肉は使わずに、野菜と豚肉を中心にいただく。ミズ菜とホウレンソウと小松菜…大根、平和な食卓。

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姫鱒(ヒメマス)の夜 日記抜粋

2006年11月某日 遊びの師匠であるN氏のお宅にお邪魔した。彼らは早朝から姫鱒釣りに出かけていた。たくさん釣れたからと夕食に誘ってくれた。ヒメ鱒とはニジ鱒よりサイズが小さく、極めて美味。今が姫鱒の季節。去年もこの時期に姫鱒のフライを戴いたのでその美味しさは知っていた。
やっぱり。もちろん。姫鱒のフライは絶品だった。川魚特有の臭みは無くほんのり甘みのある身。フライは頭から尻尾まで骨まで全て食べることができる。
 虹鱒も釣れていた。姫鱒に比べると滑らかさと味わいは劣るが、やはり新鮮ということと、山の中のきれいな場所で釣れたというだけあって美味しかった。
 N氏のお宅で食事をすると、いろんなものが出てくる。彼の捕獲物ばかり…、今日戴いたのは…、巨大スズメ蜂を漬けたお酒、スズメ蜂の子の佃煮、マムシ酒(もちろん自家製・漬けたて…)苔桃漬け酒、天然枇杷酒…など。N氏は知恵と知識が豊富である。それは経験からくるもので本質的だと思う。
 
写真1:ピカピカ光る透明な虹鱒と姫鱒(これから鉄板焼き)
写真2:姫鱒のフライ。絶品
写真3:巨大なスズメバチ…(捕まえてきた)

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悲しみ 日記抜粋

2007年1月某日

今日 ふとなぜかポットのお湯をカップに
注ぎ、匂いを嗅いでみた。

本当に ふと偶然に。
するとなんとなくかすかに変なにおい。

ポットを開けてみると、ポットの底に沈むカメムシ。
それも、もう体中の体液がじっくり抽出されきった跡の
出がらしのカメムシのような。
もちろん生きていない。
ゆらゆら揺れるお湯の底にじっくり目を凝らして
見てみても、やはりカメムシ。
カメムシの色は出がらして茶色くなっている。
お湯はちゃんと透明である。

いつからいたのだろう。
カメムシの季節は冬。寒さを凌いで越冬するため
家の中に入ってくる。今は春。

ポットにはいつも水をたしたし勝手に沸騰してしまうから
毎日底を見ることがなく、いつからいたのか定かでない。
お茶やコーヒーを飲んでいたけど匂いに気がつかなかった。

まったく今日は偶然にお湯の匂いをふと嗅いでみたから
気がついた。

せっかくの名水の地で、名水にわざわざカメムシをいれて
飲んでいたとは、悲しい限り。

長いことポットに沈むカメムシの孤独感を思うと
これもまた悲しい限り。何度沸騰されたことか…。

悲しいなあ。

そして 気味悪い。

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わかさぎ釣り 日記抜粋

2007年2月某日
凍った湖上にぎりぎりと穴をあけて、今日は午後からワカサギ釣りをした。驚くほど空も湖も木々もなにもかもがきれいで感動した。いい天気だった。
真っ青な空と白樺の木々、森の中の小さな湖。氷の上には新しい粉雪がさらさらと広がっている。この美しい氷の湖のどこに穴を開けようかと、湖の上を歩く。森の奥に八ヶ岳が見える。
穴をあける場所を決めて、ぐこぐこぎりぎりと湖に穴を開けた。分厚い氷の層、きらきらしていてとってもきれい。
氷の上にちょこんと座り、穴の中に糸を垂らした。穏やかな陽射しがきもちよかった。−10度、なぜか寒くない。
 集中して糸を見続ける。あっ糸が動いた。と声をあげるものの、とろい私は素早く糸をあげられない。ああ、動いてるねえって言ってる間に逃げられる。ワカサギ釣りって敏感で俊敏じゃないとつれないのかしら。
一緒にいった友達は10匹…20匹…30匹…と釣っていく、私は5時間じっと糸を見続けてたったの2匹。
結局、私はワカサギの素早さにはついていけず、3cmほどのを2匹のみ。きらきら光るちいさなワカサギ。

森の湖は4時に陽がおちた。どんどん寒くなってくる。
どごんどごんと氷が凍る鈍い音が湖上に響いてくる。

一緒に釣っているA氏と話しながら決めた夕食のメニューは、(もちろん)ワカサギ唐揚げ、と、そしてなぜか焼き鳥?。焼き鳥を焼く台を持っているY氏を呼ぶことにした。今日は平日、仕事中のY氏に連絡しパーティーをすることに。

帰宅後はワカサギ釣りの疲れも寒さも吹っ飛んで、串に食材をとにかく刺す。パーティー開始は午後7時。ざっと100本ほどあれこれ焼き鳥の具をつくった。…鶏もも、ねぎま、砂肝、鶏ナンコツ、豚、イカ、ホタテ…もちろん、ワカサギのから揚げも…。

ワカサギ、美味しい!!小さな湖の天然ワカサギだけあって旨い。苦味や臭みがまったく無い。から揚げにする時、粉につけたらぴちぴちと尻尾を動かしていた。ごめんなさい!と油の中に入れてじゅう、カラッと揚がった。

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