自分の視点と自分の速度と弱点のこと。
(視るということ)はどういうことなんだろう。見えたものは見えたのだからその人にとっては全部、真実なのかな。
思うことはあやふや。考えることはあてにならない。瞬時に打ち消したり、いろんな角度っていうわからない視点で考えだしたらどんどんあやふやになってくる。確実に言えることなど無いように思えてくる。なのにずっと考えている。ずっとずっと頭の中を無意味な言葉と色がまわっている。ほぼ1日。寝ても夢をみて考えてどきっとする小さな発見をしている。あまりにも抽象的すぎるとそれは何も考えていないということか。野菜が育つことに抽象的なことは1つもない。具体的な具象の事実の積み重ねが育つということか。
それでも強くそうだと思うこと。書くべきことは何か。
私にとっては、そうあるべきということよりも、そうしたいという欲望だけが確実で生々しい真実に思える。(こうあるべき)というのは様々ありすぎて、私の本心は実はどっちだってどうだっていい。
そうあるべきを遂行している人よりも、湧き出てくる欲望や情熱が溢れてきてその溢れ出すものと戦っている人に興味がある。
(それは美しいかどうか)の一瞬の感覚が、私にとってはリアルなもの。それを見つけたい感じたい描きたいという欲望で生きている。自分を崩さずに書くことは辛い。動けない。
(美しいものをみて胸が高まる感覚)それが私の書く行為の根なのだと思う。(美しいというのは決められたものでなく、感じるか感じないかその時によるけれど)
ただただじっとしているのに、視ることすらできず、ずっとある1つのことを見続けている。ずっと同じものを。視ているというより感じようとしている。感じ続けている。飽きもせずに。これは強迫観念というのかな。
私は、時間の流れと体のリズムが遅い。だから小さな頃から心の奥はいつも慌てていた。最近はもう慌てていない。できるだけ社会と適応しながらと心がけながらも、自分の速度を受け入れた。
彼は私を皮肉も込めて(のんびりやの脱線屋さんのわすれんぼさん)と言う。
瞬発力、構成力、記憶力に乏しいということだ。これが私の弱点。
1年前、書く為に自分の弱点は知っておこうと思った。じっと落ち着いて目をこらして見続けて、ようやく嫌々ながらに心の底まで理解した私の弱点。
大きすぎるいや致命的な弱点を抱えて…、書き続ける。(こんなこと皆に発表してどうするんだろ、私は誰に向かって書いているんだろう)
野菜たちのようにたくましく強くまっすぐに育つの。大切なのは心。そして情熱。頑張ります。
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