木曽路はやっぱり山の中だった。
朝に畑仕事と出荷を終えて、昨日は木曽へでかけた。休耕雨旅。
塩尻から中山道をゆく。もちろん現代人だから車でゆく。昔の人はすごい、山を掘ったり崩したりして近距離を結んだ国道のような整備された道ではなく、獣道から広がっていったようなくねくねの山の中の道を歩いて旅をしたのだから。車でトンネルを抜けるたび、昔の人はこの山の上を草鞋が破れないかと心配しながら歩いていたのだろうと思った。
全部で11あるという中山道木曽の宿場町、全部に立ち寄りたかったけど、思い立った用意のない旅だから、成り行き任せに宿場町に立ち寄った。
奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿、雨が降ったりやんだりの中、雨色も似合う宿場町を歩いた。
感激した。美しい。木造の家が並び、町並みの植木が道ばたを飾り、狭い路地を燕が舞う。木の色と土の色と庭や山の緑、茶色や紺ののれんの色、まとまりのある美しい町並み。
山の中のちいさな宿場町、この木曽路の宿場町は町の人の粋な取り組みで昭和から意識して残してくれたから今もその風景が見れるけれど。この山の中の小さな町でさえこの美しさ、富の集まった江戸時代の東京はどんなだったんだろう、江戸時代の江戸に行ってみたくなった。
木曽路の旅、普段は食べ物以外をあまり買えない私、今までなかなか買えなかった念願の寿司の木桶を買うことができた。大桑村のサワラでつくった木桶、いい香り、木桶をかいでいるだけで寿司飯の香りがする気がしてくる。大切にしよう。木の文化、すごいですね。
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コメント
馬籠は岐阜県、妻籠は長野県…昔は馬籠も長野県だったんですね。
藤村が産まれたときは筑摩県馬籠村、そののち長野県西筑摩郡神坂村、今は…岐阜県中津川市馬籠…。
岐阜や長野は重要な歴史の交差点の場所、どこにどう属するかというアイデンティティが難しいですね。
岐阜は、岐阜県というカラーより、美濃とか、飛騨とか、揖斐とか、関ヶ原とか…、地域のほうがブランド力もありカラーが明確ですものね。岐阜県名物ってより飛騨名物とか揖斐名物とかのほうがピンとくる気がします…。
山梨=甲斐=武田信玄みたいなわかりやすい強いくくりが県の他の地域の文化を押し込めて、県カラーを出すんですが…、岐阜はそれぞれの地域の歴史が複雑で深くて、どこも歴史上のビックネームのゆかりの地だったりして、とてもひとつの県としての「県カラー」なるものがだしにくい…、そこが面白いところなんですが。
中山道沿いの木曽路文化圏ってことで、塩尻から山にはいるところ辺から、中津川に降りる前の山の中あたりまで…、中山道木曽路県っていうのを新しくつくっちゃえば…よかったですね。
あらためて、行政区分というものはもともと不自然なものの上に成り立つアイデンティティーなんだなあ…と思いました。
投稿: やを | 2009年6月 1日 (月) 14:50
藤村の世界ですねぇ。(*´∀`*)
しかし、住民が望んだとはいえ、馬込を岐阜に持って行かれたのは(´・ω・`)勿体ないコトを‥‥
投稿: やむっち | 2009年6月 1日 (月) 00:22