泥棒まるちゃん。
畑にある休憩室のお菓子やパンが最近連日盗まれている。少しづつ無くなっている。誰が食べちゃったのかとK子さんはまずご主人を疑う。食べるはずないよね、甘いパンを二つ三つも。クッキーも味噌せんべいも、ペットボトルのお茶も。気味が悪いので、保冷庫のドアに鍵をかけて帰ることにする。去年もちょうど今頃にお茶菓子がごっそりと連日なくなった。栗羊羹が無いとK子さんが騒いでいたのを覚えている。こんな農村で物騒だ。気味が悪い。
そのお菓子泥棒、たまたま畑に来たSおばあちゃんがそれはまるちゃんの仕業じゃないかと言う。「まるちゃん?」「そう、まるちゃんだよ」生い立ちや家庭環境まで「まるちゃん」のことを事細かに話しだす。「前に一回捕まっちゃったなあ。夏はトマトとか茄子とか畑から持ってくけど冬は食べるものないもの美味しいお菓子があればしかたねーなあ(笑う)」「でも調子にのってエスカレートしちゃあ困るから交番に届けとけえ」「いつもその辺を散歩してるでしょ、まるちゃんは脚は丈夫だ、」Sおばあちゃんは軽蔑するでも無くかばうでも無く、でもどこか一緒に生きる人としての憐憫のような複雑な感情を持ち合わせながら、まるちゃんのことを話す。ちょうどその時、隣の畑の奥さんが来た。「ねえ、何かとられたりしてる?東次郎のロールケーキ、箱だけ残して中身無くなってるの。おもわず旦那に食べたでしょって言ったけど、丸ごと一本も食べるわけがないだろって言われて…。法事で貰った砂糖とコーヒーも盗られてるの…。」などとと言う。それからしばらく、K子さんとSおばあちゃんと隣の奥さんと私で何を盗られたかの話で盛り上がる。美味しいお菓子の名前がいろいろ挙る。なにしろK子さんは日本中の銘菓を買い置いて取り寄せて…毎度毎度のお茶の時間に出してくれる。葦のチーズクッキーは口惜しい。とか話は尽きない。そして「まるちゃんかなあ…」と隣の奥さんが言う。まるちゃんは有名なのか!と私は驚いた。
まるちゃんの家も皆知っているし、その生活も皆よく知っている。散歩して近頃はどのあたりをよく歩いているとか、うちの畑をよく横切るとか。あの場所でたばこを吸っているとか。行き過ぎがあれば警官が注意しながら、あとは案配を周囲が見守りながら。この小さな町では、泥棒まるちゃんも一緒に生きている。周りの人たちが微妙な距離をとりながら。罪を憎んで人を憎まずとはこういうことか。ゆるやかに罪と罰。皆が生き延びることに必死だった頃の他人へのおおらかさの名残がこの町にはあるのだと感じた。
★まるちゃん…はK子さんが呼び間違えていたことから名付けた彼の仮称です。あしからず。
K子さんが用意してくれるお茶菓子たち。(もちろんこれは盗られたものじゃなく)
私は京都六角の蕪村庵のせんべいがとても好き。(K子さんいつも御馳走さまです)



| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)







