久しぶり 家での昼間

 昼間の家、久しぶりで嬉しい。連日あちらこちらで美味しいもの戴いているから、胃を休めようと思うけど、家にいるとなぜか食欲がわく。今日は涼しいからなおさら。夏野菜は勢い豊か、野菜を食べる。
 冷たいお蕎麦に冷たいゆで野菜や鶏肉をのせて、お手製ダシ(煮干し、鰹節、焼酎、ネギだしの醤油ダシ)にミョウガとシソとネギを加えた特製めんつゆをかけて食べる。冷やし中華でなく冷やし蕎麦、すっごく美味しかった。これは「冷やしジャパン」と命名した。
 もう一品はズッキーニも入ってる野菜だらけちょっと豚肉の手作り餃子。ああ、熱々の餃子と冷たい水が美味しい。
 昼ご飯を食べてお昼寝をしながら、空を見上げる。青い空と一緒に緑の木々が視界にはいる。やっぱりいい季節だ。お盆を過ぎて急に涼しくなった。晩夏の空に響く蝉の声が少し切ない。
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発眼卵放流のこと

久しぶりの更新。夏が駆け抜けている。

少し涼しくなった夜、清里で夏の宴。18℃、夜の森は少し肌寒かった。鎌倉の文化人SA氏と、猛禽類など野生生物の研究をしている自然専門家のSU氏との再会。美味しいお酒とAさんの絶品手料理で、晩夏の夜を過ごした。

SU氏の話で印象に残ったことがあった。
発眼卵放流のこと。渓流釣りをはじめた心にずしんときた。
岩魚など魚の数を減らさないようにと、稚魚放流よりもっと効率的に魚が増えるよう培養した卵を上流で放している。
尾びれなどの形のいい岩魚を釣りたい渓流釣りマニア達がここ何年か全国各地の川で行なっていること。

発眼卵放流を行なうと、岩魚の個体数は一時的に増えるが、それは同じ時に生まれた同じサイズの岩魚だけが異常に増えているということで、もともと生息していた30センチを越す生殖能力の高い遺伝子をもつ岩魚などを、同期の岩魚達が量の勢いで駆逐してしまい、結局は絶滅しやすい環境にしてしまうのだという。自然の営みは一年でできあがるのでなく、長生きしている魚も生まれたばかりの魚もいて、それらのエサがあって絶妙に保たれている。
 釣った魚のサイズでリリースする約束事も今の日本では「小さいもの」と決めているが、本来は30センチを越すメスの岩魚など「大きいもの」こそリリースすべきだ、など…。

 生態系のピラミッドはガラス細工のように繊細で人間の思考回路ほど単純なものではない。人間が手を加えてバランスを操ることなど不可能に近い。

 そういった自然との調和を欠いた遊び方をしないよう、手を合わせて川にはいろうと、つくづく思った。
 なにごとも過度はよくない。自然の一部の人間の私として、数匹を恵んでもらおう、だから釣りの腕はあげずに?…これからもぼちぼちと美しい渓谷へ釣りに行こう、となどと思った。

 自然との付き合い方は奥が深い。農業も同じ。人間との付き合いと同じ。どれもこれもいのちとのつきあいなんだ、ゆるゆると思いながら嬬恋の地ビールを飲んでいた。

 アライグマラスカルの話から、農業の話まで、夜な夜ないろんなことを話しているうちにあっというまに午前0時。
 SA氏もSU氏も、あいかわらずかっこいい。静かで無邪気な雰囲気と心からの笑顔が素敵だ。鎌倉の文化人SA氏、夏の終わり海の家でジャズライブをするとのこと。聴きに行きたいけどなあ。

 お盆過ぎて急に涼しくなった。夏を浴びた草や木も虫や動物も、静かに動き始める。実りの秋に向けて。晩夏。いい季節です。

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雷雨の夜に。

 土が渇いて、雨が欲しいなあと思いながら過ごしていた。畑の茄子が水が欲しそうな様子。夕方の立派な雲に期待しながら、ハワイよりも気温が高いという山梨の夏、47℃。暑い一日に汗をぽろぽろ出していた。暑い中、今日はジャムを煮詰めていた。大好評の桃のジャム…。
 夕方に近所の塩沢温泉に行って、ぬるい源泉に一時間程つかっていたら心底さっぱりした。急にお腹がすいた。スタミナをつけるべく、生ビールと焼き肉を求めて隣町の「焼き肉とよしげ」へ向かい、魅惑の上ロースで体力回復した。おかみさんのいつものように気前のいいサービスに心癒された。

 夜になって、突然に恵みの雨が降った。夜空は青く光り、雨が激しく降ってきた。土もアスファルトも少しずつ冷えてくる。どしゃぶりの中、山道を車で走ると何もかも冷えていくようで、心地よかった。
 家についても、窓から稲光を見て轟音を聞いて涼んでいた。雷の色と音は夏の夜には心地よい。
 涼しい風が窓から家に入って来た。今夜はとても心地よく眠れそう。日に日に秋に近づく夏の盛りは、なんともいい季節。雨の香りも雨に濡れた草木の香りも、明日の暑さを予感させる。それもまた夏らしい。
 大地が冷えた後の、明日の朝がとても楽しみ。空気の澄んだ快晴の朝かな。楽しみに眠ろうと思う。

 日々、来客続き。夏はとうぶん大家族のような賑やかな日が続く。それもまた夏らしく、夏がどっと過ぎていく感じを一層加速させる。雨が降って少しほっとした。おやすみなさい。

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梅雨明けて 昼下がりに

 同じ暑い一日でも、梅雨があけると爽やかに暑い。とはいえ暑い。木陰で涼しいと思いながら過ごしているのに、ふとみた温度計が35℃。ふいに笑ってしまうのはどうしてだろう。
 
 おとといの夜、ふとみた空の満月がとても目映くて、胸がちょっと痛くなった。こういうのを切ないというのでしょう。
 
 鍵を忘れて家に入れず、炎天下で本を読んだ。シェークスピアの『ロミオとジュリエット』、炎天下で燃えるロミオの情熱に、汗をかきながら、台詞の面白さに魅了された。ロミオは登場の瞬間から面白い人…。
 
ベンヴォーリオ おはよう、ロミオ君
ロミオ まだそんなに早いのかね?
ベンヴォーリオ 九時を打ったばかりだ。
ロミオ そうか、憂いに永き日の思いか。今、あの急いで行ったのは親父だね?
ベンヴォーリオ そうだ。だが、それにしても何の憂いで日が永いのだ?
ロミオ わがものとなれば時も忘れる、そのあるものがないためさ。
ベンヴォーリオ 恋か?
ロミオ いや、恋のーー。
ベンヴォーリオ かなわぬ嘆きだな?
ロミオ わが思う人の思わぬその恨みさ。
ベンヴォーリオ やれやれ、よそ目にはしおらしいあの恋が、正体は、これほどむごい悪性者だとはなあ!
ロミオ それにしても、常住目かくしのはずの恋の奴めが、目は無くとも、思いのままに目当ての胸に忍び込むとはなあ! おい、何処で食事をする?そうだ、どんな喧嘩だったのだ?なに、いや、もう結構、みんな聞いて知っている。憎しみ故の騒ぎも騒ぎだが、もっと苦しいのは恋故の悩みさ。そういえば、諍いながらの愛、愛する故の憎しみ…ああ、そもそもが無から生まれた有…心沈む浮気の恋…、大真面目の戯れ心…外目は美しい物みなのつくり出す醜い混沌… …省…
ロミオ …省…恋とはね、いわば深いため息とともに立ち昇る煙、浄められては、恋人の瞳に閃く火ともなれば、乱されては、恋人の涙に溢れる大海ともなる。それだけのものさ。ひどく分別くさい狂気、息の根もとまる苦汁かと思えば、生命を養う甘露でもある。じゃ、失敬、ベンヴォーリオ。
ベンヴォーリオ 待て、僕も一緒に行く。こんな風で、置いてきぼりにして行くなんて、ひどいぜ、君。
ロミオ 僕の方こそ迷い子なんだよ。ここにあって、ここにあらず。これはもうロミオじゃない。ロミオは何処かほかにいる。
『ロミオとジュリエット』中野好夫訳 第一幕第一場 ロミオ登場。より
 
 夏に扇風機で熱風をかき混ぜながら、時折、森から流れる涼しい風をラッキーと思いながら、読書を続けるのは、とても気持ちよい。シャワーを浴びて枕を1つ出したら、そのままお昼寝になってしまう。
 今日は昼に畑へ行った。玉の汗をかきながら、カリフラワーと茄子とスティックセニョールと人参とキュウリとトマトを収穫した。ぽとぽと流れる汗がとてもきもちよくて、地面と一体になって、そのうち溶けてしまうと思った。
 いつのまにか、ミョウガの葉が伸びていた。メロンが2つ成っていた。

 愛は万人に、信頼は少数の人に。シェークスピア 
 
 そう言った彼の想いをリアルに切なく思う…今日この頃。

 梅雨明け、空が揺れているように晴れている。また渓流釣りに行きたくなった…。今夜は、N氏とK子さんのバースデイパーティー、清里へゆく予定…。楽しみ。


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夏は夜

 夏は夜 月の頃はさらなり 闇もなほ 『枕草子』

 とてもゆっくりと静かに夜がくる、その空気の静かな感じや、急に虫が空を震わすように鳴きだすのも、黒くなった森のシルエットも、白い月が紺の夏の夜に涼しげに光るのも、とても美しいと思う。ぐったりとした暑い夏に涼やかな夜がくることはとてもほっとする。
 とはいえ…、今夜は白州の空気も蒸している。
空も薄い雲に覆われてもう大きくなっている筈の月が見えない。クーラーの無い我が家の夜に熱風がこもる。堪えるのみ。

 熱帯夜らしい夜は久しぶりのこと。窓を開けていると虫の音が響いてくる。夜の若い稲の香りがするような気がする。夕方からルバーブのジャムを煮ていたからか、今夜の部屋の中はやけに暑い。堪えるのみ。

 今日は尾白川渓谷に出かけ、川縁でお弁当を食べた。白い砂底が透き通る澄んだ水に足を浸す。とても冷たかった。最近ずっと考えていること。を考えながら。ずっと活字を追っていてわからなくなってきたこと、混乱したりして。私がよくわかるのは肌が求めるもの。永遠も一瞬もわからない。あるのは実感。そして活字が実感になる。一瞬と活字と永遠。なんだ?
 生きてる毎日の心をどうしようか。冷たい川に肌を浸すと、体の芯がすうっとしてどこまでも眠りたくなった。
 昨日も今日も来客続きで忙しい日が続く。体力も回復してきた。気力がでてきた。ずく。
 
 夜は週末に掘ったじゃがいもをベランダに干した。蒸し暑い日が続いているせいか、腐りかけたじゃがいもがいくつもあり悪臭を放つ。選別をしながら風にあてる。夜も20℃を越す季節はなんでもてきぱきしないと、ものが腐る。せっかくつくったじゃがいもを大切にする。今はそれが急務。
 
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渓流釣り 岩魚

 先月末から体調を崩し、休養をしていた。夏に向けてしっかり心と体の休憩ができたのが何よりだった。今週から活動開始。
 午後から師匠A氏とT君と渓流釣りに近くの石空(いしうとろ)川に出掛ける。夏の石空川は水も緑も澄んでいた。涼しい空気と冷たい水の中を登りながら岩魚釣りをした。
 初めての渓流岩魚釣り、川の流れと形をよく視ながら岩魚の行動を読んで、竿を投げる。川の流れにまかせて糸を流す。岩魚にこちらの姿を見られてはいけない。静かにそっと糸を投げる、それを繰り返しながら渓谷を登る。
 自分の気持ちがみるみる元気になっていくのを感じた。狩猟本能が目覚めたのか、冷たい水が心までしみたのか、久しぶりに心から楽しい!と思っていっぱい笑った。
 澄んだ水に目をこらして、白い砂底を踏みしめて水の中、石の上を歩く。
 私は2匹の岩魚を釣った。すぐにはらわたを抜いて川の水で洗って、大切にもって帰って塩焼きにした。

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「KAZARI展 日本美の情熱」の、こと。

 頭に残っている美しいもののこと。今週月曜日に観に行った「KAZARI展 日本美の情熱」。

 縄文土器の魅惑的な飾りたて。?。どうしてそんな風に飾ったんでしょう。と縄文人から江戸人の遊び心?いや、飾り心に想いを馳せながら、その発想とそれをかたちにする職人の技術とセンスに感激した。
 戦国時代、生きるか死ぬかの戦いの場での飾り。どうして!でも面白い美しい兜や鎧には釘付けになった。お洒落なんだよね。ってこと。
 サントリー美術館の前回の展覧会「ガレ展」の時にも感じた日本人の草木や小動物をモチーフにした小さな命に対する繊細な美の視点、今回もその視点を感じた。びしびし刺激を受けた。なんというか共感した共鳴した。桐の葉、兎の耳、梅の木、松の葉、なめくじのフォルム、鹿、蝶、猿、髑髏…。美しい発想やフォルムのあらゆるモチーフはこの気候で育まれる命や生活のかたち。私の美観のDNAでもある、と思った。
 とても面白かった、楽しかった、興奮した!心から「これはおすすめ」です。
 東京にいる方は是非行って観てください!ほんと〜に面白いです。視覚的に素直に面白い。
 KAZARI展〜日本美の情熱〜 7月13日(日)まで。
 サントリー美術館 六本木東京ミッドタウン ガレリア3階 
  

 ちょっとお茶をする感覚で美しいものをみる、という美術館のありかたはとてもいいと思う。サントリー美術館は商業施設内にあるというのがとてもいい。美しいものは簡単には生まれない、でもそれがつまっている宝箱、それが美術館。静かで美しい空間に、ただただほっとする。
 


 
 

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公衆電話がない!歩けども。

 公衆電話なんてなかった。だから私は歩き続けた。小淵沢駅から公衆電話を見つけるまでのちいさな散歩はいつのまにか大きな旅になってきた。
 最初はまだ明るいツツジの咲き乱れる道にツツジの蜜の香りを感じながら、余裕いっぱいだった。30分あるいてもまだ余裕。さすがに、ヒールで歩くのはつらいので、裸足で歩いた。どこが痛くない道か探しながら歩いた。アスファルトの道には小石や砂利が多く少し痛かった。白い線の上はコーティングされていて痛くなかった。いつも裸足の動物の気持ちを感じてまだ余裕だった。

 どんどん暗くなってきた時、ふと、猿の集団に襲われたらどうしよう!と思い、そこから急に恐怖を感じてちょっと痺れた。あれ?まだまだこの道は終わらないよね…、いつもこの辺りなんだよね、猿がいるのは…と思うが、戻るわけにもいかない。

 公衆電話なんてもうない。ペットボトルを持ちながら歌を歌って気持ちを強く持って歩いた。泣きはしなかったけど、私は馬鹿だと反省しながら歩いた。(何も考えずただ進んで、怖くなったら弱気になる。歩き始めなければよかった。今更もう戻れない。)それじゃ駄目じゃないかと。
 
 それから更に20分、車で20分弱の道、思った以上に長くてあたりは闇の中、とにかく猿が怖かった。夜中に猿の集団が犬を襲って、犬は内蔵を食べられちゃって…という話を思い出して久々に怖いという感情を感じた。
 悲しいかな、パソコンを持って、書籍が入った重い荷物を持って歩く私。ちょっと走ったりして、気分を高めて進みつづける。

 もうあと少し、というところで一台の車が停まって、「乗ってください、この辺りは猿がでるから危ないですよ」と声をかけてくれた。女神様に思えた素敵な女性。小淵沢でカフェをしているという。
 感謝感激で、暗い道を抜け、国道にでた。セブンイレブンまで乗せていってもらった。そしてそこで無事に家へ電話した。
 
 早く帰りたくて歩いたはずが、思ったよりも遅くなったけれど、家についた。
 
 彼は裸足で帰って来る妻はどうかといいながら、私の居ぬ間に1人で楽しく作った砂肝の燻製とビールでもてなしてくれた。
 白州の夜の空気を思う存分味わったから、少し頭がすーっとした。
 
たちどまり ゆくもかえるも 闇のなか 

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車窓から

 電車の窓からの景色、緑がどんどん濃くなって来る。窓からみえた胡桃の木にはもう青い実がついているのに気がついて、すこしづつ気持ちが落ち着いてきた。
 小淵沢駅を降りたら、空気が澄んでいた。ちょっと痛かった頭と胸が楽になった。
 駅を降りて家に電話しても誰もいない。じゃ、待っているのもつまらないから、次の公衆電話までちょっと歩こうと歩き始めた。携帯電話の充電がなくなってしまったから、とりあえず公衆電話まで…。ちいさな夕方の散歩が始まった。

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梅雨の晴れ間 芝浦散歩

 芝浦の弟の家に泊まる。いつもながら甥が可愛い。たった2週間くらいでもすっかり大きくなったような気がする。野菜のようにすくすく育つ。すやすや眠ってにこにこ笑う。

とはいえ、私は高層ビルの中の空気に具合がわるくなる。なんだか息苦しい。窓の外の景色が眩しい、海がプールみたいな色。散歩にでかけた。
 外は爽やかな空と風。太陽が強い。花が赤い。きらきらしている水に入って遊びたくなるけど、きっと怒られるんだろうなと、我慢する。ここに住む子供はこんなに暑い日にきらきら涼しげなこの水場に一歩も入らずばしゃばしゃと遊ばないなんて、なんて聞分けのいい子供たちなんだろう…。と思う。
子供には、怒られようがめげずにばしゃばしゃ遊んで欲しいんだけど。
 なんだかホームシックになる。はやく白州へ帰りたい。と思う。

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野菜に恵まれた食卓。

 朝ご飯。朝の光は野菜にとても似合う。
 最近、精米したときにでた米ぬかで、ぬか床をつくってみた。カブと人参のお漬け物。まだまだ浅いが旨い。野菜があると生活に困らない。ということがわかった。


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久々の休息

 梅雨の曇り空はムンとして生暖かくて、生きてる実感がする。久しぶりに1日の休息。諏訪に遊びにいった。湖の畔を歩いた。水辺は少し蒸している。鴨も散歩をしていた。夕方、白州の家に戻り、ビールを飲む。白州は涼しい。奄美大島のガジャマメを食べる。至福だと思う。


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午前6時、まだ水の精が過ごす時間。尾白川へ行く。

 午前6時。尾白川へ。川の流れは清らかで、動植物たちがのびのびと朝の光を浴びている。朝の散歩は、脳の奥まで森の空気が届くような気がする。とても気持ちがいい。梅雨の合間の湿度のない爽やかな朝に尾白川に行くことができてよかった。

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尾白川へ下見

 夕方、尾白川渓谷へ行く。1ヶ月前よりも葉っぱの色は濃くなり、陽も長くなっている。
川の音を聞いていると、泣きたくなる。か、はしゃぎたくなる。か、のどちらかである。美しいものに対しては、人は弱いと思う。

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燻製をしてみる。

 朝起きたら、一斗缶の燻製ボックスが出来上がっていた。素晴らしい出来に素直に驚いた。夕方、桜のチップでチーズとベーコンを燻製してみる。最初部屋の中に置いていたら部屋が燻製の香りになった。この香りでウイスキーが飲めそうだと思った。ベランダに移動して4時間くらい。
 夜も更けて、燻製が完成した。ちょっと味見を。のつもりが美味しいので、ウイスキーも飲み、小さな食後のお酒の時間になった。
 燻製はすごい。ベーコンの細胞の内部まで甘みのあるスモーキーさがしみ込んでふっくらしてした味わいだった。これは素晴らしい趣味ができた。と喜んでいる。次は何を燻製にしてみよう。豆腐、干物、ゆで卵…。?。

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芝浦へ

 芝浦の弟の家で過ごす。先月生まれた甥の子守りがてら散歩をする。人が住むように作られた街にもちゃんと可愛い花が咲いていた。
 ちょっと磯くさい芝浦の川沿いを散歩しながら、空ばかりみていた。
 赤ちゃんは可愛い。なにせ可愛い。心がとろけた。

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狩りの本能。びーちゃんの快挙。

 朝、畑に行くと、猫のびーちゃんが眼光鋭く大きなネズミをくわえて歩いていた。いつもはゴロゴロしている気ままな猫にも、狩りの本能はちゃんとまだあるのだとつくづく思った。
狩りの本能?

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梅雨入りでした。そう言われたらすっきりした。

 朝起きたら、薄着で薄い布団で寝たせいか風邪をひいたような感じ。白州の夜は寒い。朝からの憂鬱な曇り空に頭がくらくら重い。
 今日は気象庁の発表で梅雨入り。昔は芒種(二十四気の1つ。6月6日頃。芒のある穀物を蒔く時期、田植えの頃)の後の壬の日を梅雨の入りとしたというが、それよりだいぶ早い梅雨入り。
 *因みに今年の暦では芒種は6月5日、その後の壬の日といえば6月11日。
 いつもは比較的湿度のない白州でも、梅雨の時期はしっとりしている。寒いがストーブを出すには躊躇する。真夏日の五月の陽気のまま薄着をして寝ると風邪をひく。
 こんな風に湿度があるとキノコもよく育つ。昼には朝採れたひらたけと椎茸を、豚肉とトマトのパスタにして食べた。今日は1日、家の中で風邪気味の怠い気分をどう解消しようかと考えていた。溜まっていた仕事も片付けた。コンクールの箱書きをして、明日発表予定の20枚シナリオを少し書いた。
 ビールを飲んだら、少し治った。ウイスキーを飲んだら、もっと治った。良かった。
 毛布と羽布団をまた出して、今夜はあったかくして寝よう。いや、シナリオ粘って書くべきか。…。

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朝から快晴。よし。良い食品博覧会。へ。

 晴天の八ヶ岳の麓。清里、清泉寮の牧草地の中で行なわれた「良い食品博覧会」へ行ってきた。晴天の博覧会、会場のステージでは、春に奈良にご一緒したフードジャーナリストの向笠千恵子さんが作り手にインタビューをされていた。向笠さんの食への愛情と深い知識が作り手の方々の心を解し共鳴している様子がとても眩しかった。心ある作り手の食品は心ある人へと伝わっていくんだなと感じた。
 各ブースでは全国から集結した、味噌、みりん、酒、油、煮干し、鰹節、漬け物、餅、練り物…いろいろな食品とその作り手が自慢の食品の試食を勧めてくれる。天国のようだった。

 良い食品って、作り手と美味しいものを求める町の人が育てていくもの。美味しいものを作りたい人だけでも、美味しいものを求める人だけでも、存在しない。その町にある昔ながらのいいもの、今に始まったいいもの。いい食品を売りたい人と買いたい人たちが住む町があって、「その商品」は存在するのだ…各ブースで作り手のおじちゃん達と話していて、今日あらためてそう思った。
 清里の空は青くて山に手が届きそうなくらい澄み渡っていた。帰りにソフトクリームを頂きました。歯にしみたけど、どんどん食べた。美味しかった。

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今日も雨。雲が厚い。走り梅雨に。

 今日も雨。恵みの雨だけど。こんなにしとしとした静かな雨が続くとしゃきっとしない。雨なら窓が震える程激しく降る雨が気持ちいい。走り梅雨という言葉がある。本格の梅雨に入る前、5月の末頃、ひとしきり梅雨模様となるその雨の頃のことをそう呼ぶ。まさに今、走り梅雨なんだろう。
 家の中でも今、苗を育てている。茄子と唐辛子の苗。茄子は種から畑でも育てているけれど、まだまだ苗は小さい。これじゃ、秋なすしか食べれないのではないか…と思い育った苗を新たに買ってきた。この雨が晴れたら、畑に植えに行こうと思っている。

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嵐が去った。夜の満月。

 初夏の嵐。温い雨と風が窓を濡らしていた。低気圧が日本列島を通過するという。気圧の変化のせいか私の頭も心も痛くて重かった。久しぶりに疲れていると感じた。オーバーワークでした。
 午後過ぎて、一気に空は晴れ急に空気が爽やかになった。テレビでは中国四川省の地震のニュース。痛み苦しむ人を私はただ見ているだけで時間が過ぎる。その哀しみは何故おこったのか、答えが無い。
 人間は自然にはかなわない。絶対に。大地震、台風、噴火、津波、自然の威力の前では人間の力は無に等しい。「人間が自然を守る」などおかしな言葉。謙虚に自然の声を聞くことしかできない。人間が自然に生かされている。人の心をわからない人は自然の声はなかなか聞けない。木も草も土も無口である。その声を聞く、そして生かしあえる知恵を持つ。知恵は心から。
 嵐が去った、夜の満月。美しくて息をのんだ。それをわかちあいたくて涙がでた。どうすることもできない美しいもの、人は自然にはかなわない。
 夜に部屋でさくらんぼを食べた。初物。もうそんな季節なんだとちょっと酸っぱい小粒のさくらんぼを食べてそう思った。明日は早起きして畑に行こう。

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五月の日差し。眩しい。

 週末は早朝から深夜まで森の中でうごめいていた。皆でする仕事というのは面白い。強く確かに感じながら時が過ぎていく。自分の眼で見えているものとは関係なく、五月の眩しい光が空中を埋めていた。家の近くにいたのに、なんだか自分が遠いところにきたような気持ちになった。ガラス張りのドームには光がぶつかりながら漂っていた。人の心は変わりやすく求めて動くそれは悲しい。
 カフェには庭の花が生けてあった。とても静かに優しく、愛らしい。これを生けたTさんは私の大好きなイラストレーター。彼女に会うと心から嬉しくなる。彼女の眼差しと身のこなし、私はとても好き、そして尊敬している。
 現実は面白い。なのに私はフィクションを創る。その意味を知ろうとして、なおさら現実が面白くなった。人が好き。それは届かないことが多い。防御壁がどこにでもあるから。
 愛することはよく見ることなくしてできないと思う。だけど見るというのは、とても難しい。見えるというのは本当だろうか。五月の光が爆発的に空中を埋め尽くしている、そんな森に座っていたら何も見えなくなった気がした。どうしましょ。ここから私。

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渓谷を歩くと。

 名水の地、山梨県白州町には美しい渓谷がある。美しい水の流れる川、尾白川渓谷。夕方、仕事で尾白川渓谷へ行った。日没前の淡い木漏れ日の中を歩いた。散りかけた藤の花がゆるやかな風に揺れていて本当にきれいだった。吊り橋から川を覗く。川の水は流れて尚澄んでいた。川の底の甲斐駒ケ岳の花崗岩が風化した白い砂が透けて見える。「白州」という地名の由来はこの美しい「白砂の州」からとも言われている。
 夕方の光の下、空も木も水も葉も土も雲も何もかも美しくて、私はもう溶けてしまいそうだった。

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森の中の小学校へ

 朝から仕事で、新緑眩しい森の中の小さな小学校へ。早くついたので周辺を散歩。小さな湖があった。湖面はきらきらと朝の太陽に反射してとてもきれいだった。魚の跳ねる水音が聞こえた。小鳥もあちこちで鳴いている。静かだけどいのち賑やかな朝の湖、水も葉も花もじっと佇んでいた。 

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小学校の中庭も新緑が眩しかった。子供たちの声が響いていた。子供達は心を大きく開いて目をきらきらさせている。子供は本当に可愛い。心の底から抱きしめたい手が伸びてくる。

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鶏も草も苗もすくすく。

 夕方、餌をあげようと鶏小屋に入る。一斉に駆け寄ってきてやはり可愛い。アローカナは食欲旺盛、足下をうろうろして私の顔をみている。アローカナは春になって暖かくなったからか、よく卵を産んでくれる。烏骨鶏が漸く生んだ卵を抱えている。全く動こうとしないから、動かなくても食べれるように顔の前にエサをおいたが、それでも食べなかった。雛が孵るかなと少し楽しみにしている。
 稲の苗もすくすく育っていた。毎日たっぷりの水をあげる。田植えまではハウスのなかで育てる。
 昨日までの雨で、雑草がぐんと伸びた。驚くほどに元気がいい。畑の木の芽もすっかり大きくなっていた。ちょっと伸びすぎだけど、香りはしっかり木の芽だった。どんどん草が伸びていく。草刈りをしてもしても、驚いても嘆いても…草はどんどん生えてくるのです。
 
 我が背子に 我が恋ふらくは 夏草の 刈りくれども 
  生い及くごとし (作者未詳『万葉集』)

どんどん溢れる季節です。何もかもが。

 今日は、めずらしく、怖いようなきれいな夕焼けで驚いた。昨日、甲斐駒ケ岳には雪がふったよう。白い山に夕焼けが溶けているようできれいだった。

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