家にいる楽しさよ。

 今日は晴れ。空が青い。水曜日から一歩も外に出ずに、家の中で過ごしている。久しぶりに体中の緊張感がなくなり、ようやく自分らしく生きている。とても気持ちがいい。月末が締め切りのコンクールに向けて書き続けている。書こうと思っていたテーマと人間との時間経過をどう描けばいいのかわからなくなってきた。書き直しかなあ? …。
 目の前に具体的な目標があると、自分のことがよくわかる。何をしたいのか、何ができるのか、何かできないのか。

 窓を全開に空けているから、空気がとてもいい。湿度がないさらっとした風が心地よく、頭の中の酸素が十分にあって快調である。
 家にいると食事ばかり作っている。大収穫のカブ、ズッキーニ、玉葱をごっそりと煮込んだ。カブはやさしい甘さでほっくりと香りごと楽しむには煮込むのが一番。一日に何個カブを食べているんだろう?10個くらいかも。久々に長い休暇旅行に来たような家での生活。ひきこもりになりそうだ。
 ちょっと息抜き、このページのデザインもちょっと変えてみる。素敵でしょ。


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雷が鳴りそうな夕方

 曇りの夕方。ずっと家にいるから、窓全開の部屋のなかから、外の空気を感じる。
ベランダからみえる家の前の森が真っ暗にみえる、暗い夕方。梅雨の夕方。雷が鳴りそうなそんな暗い夕方に、私はのんびりとしている。
 久々に大好きな志賀直哉の小説に読み耽る。シナリオを勉強してから、初めてじっくり読んだ気がする。私の中では志賀直哉の世界は、最もシナリオとは違う世界だと思い込んでいたけれど、そうでもない。そういえば、私の大好きな志賀作品のひとつ『赤西蠣太』は伊丹万作監督によって映画化されていたし。私の好きな片倉千恵蔵が主演で。
 思い込みってもったいないと思う。なんだかこの1年半、技術を習得しよう腕をあげようと必死になって、自分に足りないものをやけに大切にしていた。技術を習得するまではとにかく吸収しようと、なんとなく自分らしくない世界を需要視していた。どこかではわかっていたけれど、心の奥の叫びはちょっと黙ってもらっていた。面白いもの、興奮するもの、に正直になろう。
 私らしい私の好きなシナリオというものをちゃんと考えようと思った。教えられたことを必要以上に解釈して強く思い込んでいてはいけない。物語るということにジャンルはない。私がつくりたいもの。好きなもの。これを大切にしよう。小説でも、脚本でも。描きたいのは人間の心。私の場合。
 と、曇りの静かな夕方につくづく思った。
 
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自分の視点と自分の速度と弱点のこと。

 (視るということ)はどういうことなんだろう。見えたものは見えたのだからその人にとっては全部、真実なのかな。
 思うことはあやふや。考えることはあてにならない。瞬時に打ち消したり、いろんな角度っていうわからない視点で考えだしたらどんどんあやふやになってくる。確実に言えることなど無いように思えてくる。なのにずっと考えている。ずっとずっと頭の中を無意味な言葉と色がまわっている。ほぼ1日。寝ても夢をみて考えてどきっとする小さな発見をしている。あまりにも抽象的すぎるとそれは何も考えていないということか。野菜が育つことに抽象的なことは1つもない。具体的な具象の事実の積み重ねが育つということか。
 それでも強くそうだと思うこと。書くべきことは何か。

 私にとっては、そうあるべきということよりも、そうしたいという欲望だけが確実で生々しい真実に思える。(こうあるべき)というのは様々ありすぎて、私の本心は実はどっちだってどうだっていい。
 そうあるべきを遂行している人よりも、湧き出てくる欲望や情熱が溢れてきてその溢れ出すものと戦っている人に興味がある。
 (それは美しいかどうか)の一瞬の感覚が、私にとってはリアルなもの。それを見つけたい感じたい描きたいという欲望で生きている。自分を崩さずに書くことは辛い。動けない。
 (美しいものをみて胸が高まる感覚)それが私の書く行為の根なのだと思う。(美しいというのは決められたものでなく、感じるか感じないかその時によるけれど)

 ただただじっとしているのに、視ることすらできず、ずっとある1つのことを見続けている。ずっと同じものを。視ているというより感じようとしている。感じ続けている。飽きもせずに。これは強迫観念というのかな。

 私は、時間の流れと体のリズムが遅い。だから小さな頃から心の奥はいつも慌てていた。最近はもう慌てていない。できるだけ社会と適応しながらと心がけながらも、自分の速度を受け入れた。
 彼は私を皮肉も込めて(のんびりやの脱線屋さんのわすれんぼさん)と言う。
 瞬発力、構成力、記憶力に乏しいということだ。これが私の弱点。
 1年前、書く為に自分の弱点は知っておこうと思った。じっと落ち着いて目をこらして見続けて、ようやく嫌々ながらに心の底まで理解した私の弱点。
 
 大きすぎるいや致命的な弱点を抱えて…、書き続ける。(こんなこと皆に発表してどうするんだろ、私は誰に向かって書いているんだろう)

 野菜たちのようにたくましく強くまっすぐに育つの。大切なのは心。そして情熱。頑張ります。
 

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